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漂流、いいじゃないか!

周りのことばかり気にしてきた人が、「周囲のことを気にしないで、やりたいことをやる」をモットーに書いてます。趣味、旅行、哲学などの話を書いています。

男性への差別を感じるのですが…

togetter.comこれを受けて、書いたこと。*1

 

僕も女子が多いクラスにいたのでわかる。

こういう場で女子への苦手意識を植え付けられ、僕はアンケートの中の人みたいになってしまった。

社会を敵視しても仕方ないと思うけど、女性への差別もあれば、立場が弱い男性への差別は存在するし、それを支持する構造に皆呑みこまれてるよな、って思った。

 

あと、学校どころか社会に出てからでも、日本人って「対話」することが出来てないって思う。

お互いの意見や立場を出し合って、でも相手を変えようとするとか勝ち負けをするわけでなく、分かり合った上でどうするかを決めることを、誰も教えないで、ノリやパワーゲームばかりの中に放り込むのは、変だよ。

 

それが学校で見た人たちの姿と、異性間での対話が不可能という、どうしようもない現実だった。

 

ameblo.jp

同じ日に、「男性差別」について書かれた記事があったので、書いてみた。

★「男性差別」を生み出す隠れ蓑

 

正直、僕の感覚では「男性差別」は、あると思う。

僕を含めて、世間的な能力や経済力がない男性は、女性から「なかったことにされている」というのを、嫌というほど味わってきた。

そこにはパワーゲームというものが存在しているからだ。

 

なんで男と女の人が対話する事ができないんだろう。

男は力で女を分らせる傾向にあり、

女は男の人の行動を暴力と認定し、同性同士の内輪だけで盛り上がり易い。

話で理解し合うこともできず、パワーゲームに置いてかれてる僕は、この構図に絶望した。

 

女性の多くは自分達の立場を説明する時「女は男の人より弱いから、暴力の危険性があるから…」と決まり文句を聞くことがよくある。*2社会には、「女性は弱いものであるから、守られるべき、養われるべき、人権を尊重されるべき存在として、丁重に接しなければならない」という道徳感覚が存在し、それを破ると、人間扱いされなくなる風潮があるのだ。 
僕は会ってきた女の人に、「女性には○○すべき」という道徳を巧みに使って、あらゆる行動を制止された。僕は、去勢されていったのだ。★集団化→みんな言ってる→聞かない人は非常識

そして、女の人はその「ひとくくりにした」言葉を使うことによって、女という属性に守られることができ、異性の言葉によるやりとりを無効にするどころか、異性に対して有利な立場で自分達の正当性を主張することができるようになるのだ。 


ずるい。僕はそういう「私」ではなく「女は」を主語にしてしゃべり、「これはみんなの意見だから」(従わない人はおかしいよ)と、暗に言い聞かせようとする人たちにやり込められてきた。 
その言葉に異を唱えた男は、女の敵だとか、人として最低という扱いを受けるからだ。そして、能力なき男性を生きづらい立場へと追い込んでいく。 
こんな言葉が飛び交う。女の人自身がよく口にしているのを見る。

「結婚するとき、女の人を養っていくのに、経済力が必要…」「女の子は(男に)わがままに振る舞いたいものよ」「女の子は可愛いものが好きだから…」


「女の人が自分達を一般化して語る」のと「女の人を尊重できない人は、人間失格」という通念を巧みに使われ、男性への要求がエスカレートした言葉が氾濫しているように見える。その結果、(女性に愛されたい)男性の行動をコントロールする風潮になっていると感じるのは、僕だけかもしれない。

★女は男を利用して、女性内での地位を上げようとする?

男性が女性を力の差で圧倒する。女の人を美で選んだりする傾向は根強くある。

 

一方、女性は女性内での地位を上げようとして、力のある男性を利用し、のし上がろうとする傾向にある。

 

その男女のパワーゲームの構図の中で、弱い男性は女性から不遇な扱いを受ける。

僕はこの構図に呑みこまれ、媚びたり追従してまで愛されようとした時、同時に女性への苦手を感じてたときがあった。

 

「パワーゲームの外に置かれているので、異性に相手にされないこと」

「異性が集団化して、常識に訴えて、相手の行動をコントロールすること」

「女の人は弱いので…こうすべき、という道徳観を利用すること」

 

これらの方法を使って、僕は、異性に対して見事に苦手意識を植え付けられてしまったように思った。

諦めと絶望の鬱屈した中で、眉をしかめ、耳に栓をし、逃れるしかなかったのだ。

 

★この構図に呑まれると、不幸にしかならない

 

それは、相手の土俵に載せられ、自分の不利な試合をしないといけないし、

愛されたいと思って、いくらでも異性の要求するままに言うことを聞いて、振り回されて、最後は捨てられるだけになるのだ。

余計、異性への苦手意識を強固なものにしてしまい、閉じこもらせてしまう。

 

しかしそこで、この「男が」「女が」の構図は僕を不幸にしかしないので、距離を置くことにした。

人の目を気にして萎縮するのをやめにした。

僕を支配しようとする人に、振り回されたり、支配されにいくのをやめにしたのだ。

 

そして、「男が」「女が」でなく、

それ以前に差のある個人として接して捉えることにした。

 

「男は」「女は」なんてレベルで言わない人と多く語り合うことにして、

「世の中、あんなひどい異性ばかりじゃない」という確信を、少しずつ広げていくことにした。

 

そうなると、女性への苦手は徐々に解消され、男性差別的な構図から自由になれたと思う。まだまだ完全には時間がかかるけど。

 

 

僕をどう思おうと構わない。

ただ、無自覚に人に傷を負わされ、その傷の化膿に苦しんだり、古傷の痛みが再発する人もいて、苦しんでいる人がいることを知って欲しかった。

 

人を変えることなんてできない(やろうとすれば、それは支配だ。)

だから、世の中に訴えて、社会が悪いと叫ぶことは不可能だとわかる。

僕が出来ることは、まだそれを考え続け、抜けようとするくらいしかない。

*1:ツイッターからの抜粋がほとんどです

*2:本当は言った人だけの意見なのに、あたかも全員がそうであるかのように