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漂流、いいじゃないか!

周りのことばかり気にしてきた人が、「周囲のことを気にしないで、やりたいことをやる」をモットーに書いてます。趣味、旅行、哲学などの話を書いています。

お金を使うことに、罪悪感を覚える

僕はお金を使って物を買ったり、サービスを受けたりするとき、

お金が出ていくことに、とても惜しい感じというか、罪悪感にも近い感覚を持つことがよくある。

モノが高いからというわけではない。

安くてお得なものであっても、お金が出ていくことに虚しさを感じるのだ。

自分でお金を稼げるようになる経験を経て、ウン万単位の買い物もできるような金銭感覚に変わったはずなのに

片道の電車代や、誰かと飲みに行く金がもったいなく、身を削られる想いをしてしまう。

たしかに、社会に出てから、転職や引きこもりやニートを転々として、安定して金が身に付く経験が少なかったので、

お金に対しては、人以上に守銭奴になってしまったように思う。

しかし、この「お金が出ていく罪悪感」は、社会に出る以前からも、はっきり持っていた。

ともかく「消費」するということに、いい気分がしないのだ。

自己分析してみれば…

自宅では、親が外食に連れて行ってくれる習慣があまりなかったとか、

すぐジュースを買わないで、飲み物は家で茶をわかして飲む習慣があったり、

小学生時分の小遣いが月100円だったので、それを使わず1年間くらい我慢して貯めて、ようやくミニ四駆が買えた、という金銭感覚を、今でもどこかで引きずっているとか、

その頃に読み漁っていたドラえもんに、もったいないことをしてはいけません、というようなことがよく描かれており、共感を覚えると同時に無駄遣いに罪悪感を覚えるような見方を刷り込まれたとか…

コロコロコミック」に、つるピカハゲ丸』や『びんぼっちゃま』等、貧乏を売りにしたキャラがあれこれ出ていた、というマンガの影響もあったからか…

けれど、自分が「お金を払うことに罪悪感を覚える」決定打となるエピソードが、何故か出てこないのだ。

自分はいったい、何を恐れているのだろうか。

話題が変わるけど、ホワイトデー

そういえば、ホワイトデーが始まる。

バレンタインデーで(義理も含め)もらったものだから、その分お返しをしないといけない。

お返しをすること。お返しのために百貨店等に女性が喜びそうなものを買いに行く手間。その度に発生するお金…。

別に贈り物をしたいわけではないのに、そこにお金を使うことで、罪悪感がわいてくる。

そんなことを考えるたび、鬱っぽくなってしまう。

けれど、ホワイトデーを返さないと、もらいっぱなしで相手への印象が悪くなるし、お返しをケチったら、相手にセンスを疑われるので、手(と金)を抜けない。

そんなことを考えると、余計に面倒くさくなるのだ。

もう、このバレンタインデーやホワイトデーで、物を贈りあうとか、義理とか、こんな面倒くさいことはやめにしたい。

同じように、親しい人への誕生日プレゼントとか、父の日母の日とか、お中元お歳暮とか…

お金を使って、相手が大してもらって嬉しくもないかもしれないものを贈りあう習慣を

辞めにしようぜ、と言いたくなる。

見返りはいいから、人に自分が好きなものをお裾分けしたくてやってるとかなら、もらって気持ちはいいのだけれど。

それと、バレンタインデー等で、自分のためにチョコを買うのは、賛成です。

贈り物をする日が、人との関係性を試す行事になってるから面倒くさいんだね。

物を贈るのが好きな人同士でやっているのが一番気持ちいいのであって、そこに参加したくない人が参加しなくていいようになれば、一番いいはずなのです。)