いらないと言われたものが、あふれている。かわいそうに思う
世の中には、必要以上にモノが多すぎると思うのは、僕だけだろうか。
家に売りに来ては断られるフルーツの訪問販売。
頼んでもいないのに付けてくれるおまけ。
別に遊ばない回転寿司屋のガチャガチャ。
もらっても使う予定もないまま置いている、贈答品。
いらない。
続きを読むノスタルジーと愚痴をセットで語るのはやめよう
2008年になくなった、大阪~東京間の寝台列車「銀河」の車内にて。オッチャン達と乾杯。(2008/2)
「今度はブルートレイン○○がなくなるのか、乗ってたのにな。残念だ。」
「あったあった!△△駄菓子!懐かしいなぁ。でも、今の時代じゃ作られないんだなぁ。」
「大阪が全盛だった大正時代は、すごい時代だったんだな。建物も街行く人もレトロでかわいい。」
僕も昔の懐かしいものや、消えゆくものが好きで、
こういうせりふを口にすることはよくあります。
しかし、その後に、「思い出をありがとう」のような感謝の言葉がつくとかならいいのですが、
後ろに
「○○を切り捨てる政治が悪い」とか
「それに比べて現在は…○○で…」とか
「新しい○○ばかり優先しないで、△△残せ!」とか
「最近の若い者は」*1
という愚痴を付けているのをよく見かけます。
それは、何も生み出さないし、負のオーラが漂いすぎてるだけなので、見苦しく思います。
*1:ネットを見てても「最近の若い者」も、懐かしいものや古いものが好きな人は、結構いることに気づく。十把一からげにして見るのはよそう。
種田山頭火のように、いい歳になっても悩んでダメやってる人になっていきたい
種田山頭火といえば、「分け入っても分け入っても青い山」などの五七五にとらわれない自由律と呼ばれる俳句の形を作った、20世紀の旅の俳人です。
しかし、彼の俳句を見てみると…
「まっすぐな道でさみしい」
「どうしようもないわたしが歩いている」
「焼き捨てて日記の灰のこれだけか」
といった、どう見ても優雅な俳句の世界とは一線を画しています。
寂しいという自分の感情を表わしたり、
自分はどうにもならないものだと諦めたような自虐のような句だったり、
過去を清算しようとした過去の重さはこれだけだったのか(?)とおののいていたり、
マイナスの感情をふんだんに、素直に表した俳句を沢山残し、
そこに引っかかるものを感じると同時に、強い共感を感じずにはいられません。
続きを読むgoogleマップがあっても、地図帳は手元に置いておきたい
手持ちの地図 左上から
①街の達人 京阪神版(1/10000 昭文社) 住所を見て目的地へ行ける、詳細な地図。
②グローバルマップル世界&日本(2015 昭文社) 高校地図帳より詳細で、現在の世界の都市の動向がわかる
③新詳高等地図(帝国書院) 高校生時代から愛用している地図帳。世界がどういうものかを掴むのに役立つ
④JAFルートマップ全日本(1/230000 JAF出版社)バイク旅行に使う地図。道路の概要がわかれば十分
⑤ミリオンハンディ 首都圏+災害時帰宅ナビ(1/32000 東京地図出版)東京探索時によく使った
僕は根っからの地図好きで、小学校のとき、学校の教材で初めて地図帳を渡されて以来、授業そっちのけで、地図帳をずっと眺めて妄想を働かせているような子供でした。
今になってもそれは変わらず、本屋で詳細な市街地マップをずっと立ち読みしたり、地図帳を買って、世界の地形や都市をずっと読んでいることもよくあります。
地図帳に手を伸ばして、気がつけば1時間が過ぎていた、ということはザラにあります。
しかし、googleマップが出たときは、本当に革命的でした。
パソコンの上で、詳細な住宅地図や上空地図が見れるので、どんどんのめり込んでいきます。
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